午後5時に防災無線から流れてくるのは唱歌「ふるさと」のメロディである。以前、二人の女子中学生が帰り道にメロディに合わせて「うさぎ追いしかの山」と歌うのを見たことがある。なんとのどかであることか。実際によく現れるのは野ウサギではなくサルだが、「ふるさと」が醸し出す心象風景は今も昔も変わらない。
鳥取市東町二丁目に「ふるさと」音楽碑がある。
近年は「ふるさと」といえば「納税」を思い出すほど、ふるさと納税は国民に大好評を博している。納税が大好評というのも変な話だが、実質0円で返礼品がもらえると聞いたことがあるし、専門のサイトまであるらしい。「ふるさと」でもない自治体に「返礼品」目当てで税を納めている。
宮崎県美郷町が脂身ばかりの黒毛和牛を返礼したとか、大阪府泉佐野市を村八分にした国がメンツをかけて争っているだとか、はたまた、返礼品を豪華にしすぎて赤字になっている自治体まであるのだという。お金を動かすことばかりが目的となり、生まれ故郷や心のふるさとの発展を願う気持ちはどこにあるのか。
そんな状況の中で、ただ一つ愛郷心を守っているのが唱歌「ふるさと」である。この曲を聴けば誰もがノスタルジックな優しい気持ちになる。その音楽碑がここ鳥取にあるのには理由がある。説明板を読んでみよう。
この名曲を作曲したのは、鳥取市出身の音楽家、岡野貞一です。
岡野貞一は鳥取市古市に生まれ、鳥取教会で賛美歌やオルガンを通じて音楽を志し、東京音楽学校(東京藝術大学)で学んだ後、明治40年に文部省唱歌編さん委員となり、「ふるさと」「おぼろ月夜」「春の小川」「もみじ」「春が来た」など、不朽の名曲唱歌を数多く作曲しました。
「ふるさと」は、1914年(大正3年)6月18日発行の「尋常小学校唱歌第六学年用」で発表され、今年はちょうど誕生100周年になります。
「ふるさと」誕生100年の特別企画として、多くのアーティストの音源提供をいただき、このふるさと音楽碑を、素晴らしい「ふるさと」演奏を集めた音楽碑としてリニューアルしました。
ふるさと音楽碑のリニューアルは、岡野貞一のご子孫岡野玉重様のご寄付により実現したものです。心より感謝申し上げます。
平成26年8月7日 鳥取市
岡野貞一の長男の妻にあたる玉重さんから100万円のご寄付があり、「ふるさと」誕生百年を機会にリニューアルしたようだ。といってもリニューアルされたのは、写真に写っていないメロディボックスで、合唱団のほかEXILEのATSUSHIだとか島谷ひとみだとか今風の歌手の声が聴けるらしい。あたりが静かだったので、気が引けてボタンが押せなかった。
メロディの素晴らしさもさることながら、「うさぎ追いしかの山…」の歌詞は日本の原風景を描いているかのように受けとめられ、人口に膾炙している。いったいどこの風景なのだろうか。作詞者を調べてみよう。
説明板に掲載されている5つの唱歌は、すべて高野辰之作詞、岡野貞一作曲であった。全国民が共通して知っている歌をこの二人が作っていたのだ。では高野辰之はどこの出身なのか。さらに調べると、長野県中野市大字永江に記念館や生家のほか、「かの山、かの川」が一望できる「ふるさと橋」まであることが分かった。
誰もが郷愁を抱く「ふるさと」だが、実を言うと私には少々違和感がある。私が生まれ育ったのは干拓地で、山は遥か遠くにしか見えなかったし、川で雷魚を探すのが楽しみだった。ウサギではなくヌートリアがふるさとの動物だと思っている。「みんなちがって、みんないい」安倍首相が今臨時国会の所信表明演説で述べたとおり、ふるさとのイメージも実は人それぞれなのだろう。
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