横たわる石を見てもなんとも思わないが、石が立っていれば不思議に思う。イギリスにストーンヘンジという謎の石柱群がある。高いものでは7mもあるそうだが、宇宙人とか巨人ではなく、紀元前2800~前1100年ごろに人によって建造されたものだ。
我が国では、ストーンヘンジの石よりもはるかに大きな石が、山の上で立っている。さすがに人為ではないだろう。人でなければ神だ。私たちの祖先はそのように考えた。
玉野市番田に「立石」がある。
この神々しい立姿を見て、心動かされない者はいないだろう。麓の集落からはもちろん、海をゆく船からもよく見えたはずだ。河井康夫『玉野の地名と由来』には次のように紹介されている。
番田の北部に巨岩が立っていて、船旅の目印しになっていた。石神さまとしても知られ、戦前は牛神さまとして大繁昌していたと言われている。この立石は小串と番田で所有権の争いがあって、番田のものとなった。
立石のある山は立石山と言われ、海抜百二十メートルの上に立石(十二・三メートル)が立っていて、古代の巨石崇拝の地である。
小串と番田で所有権争いがあったという。そんなこともあってか現在、小串は岡山市に、番田は玉野市に分かれている。巨石はこれだけに止まらない。北西にある高い山を目指そう。
岡山市南区阿津、小串、玉野市北方の境に「八丈岩山」がある。
頂上に一等三角点「八丈ヶ岩山」がある。運動会でもそうだが、一等という響きが誇らしい。説明板には次のように記されている。
八丈岩山は、児島半島の東端に位置する標高約280mの山で、この山の名前は、八畳敷ほどもある大きな岩に由来しています。
ご覧のように、奇岩怪石が連なり重なり合って、今にもくずれ落ちそうな感じを与え、おだやかな瀬戸内海とたいへん対称的で、独特な景観を作り出しています。
この周辺では、アカマツ、クロマツ、ウバメガシ、コバノミツバツツジなどの樹木や、ウグイス、ツグミ、メジロ、モズ、ヒヨドリ、ホトトギスなどの鳥も観察できる自然の宝庫となっています。
環境庁・岡山県・岡山市
奇岩怪石が連なるという瀬戸内の景観を紹介している。立石では高さに驚かされたが、ここにあるのは広々とした岩である。
「八丈岩」である。かつては三角点と同じく「ヶ」を入れて呼んでいたのだろうか。写真は比較物がないうえ横からの撮影なので迫力がないが、気持ちよいくらい広いのである。
このあたりの奇岩怪石は花崗岩の風化によって生成されたものだ。このあたりの花崗岩は山陽帯という地体構造区分に属し、白亜紀後期にできた深成岩を主体とする。
恐竜が跋扈していた時代、大陸東縁では火山活動が盛んだった。地下深くでゆっくり冷えてできた花崗岩は、地殻変動によって地表に押し上げられた。そして節理や風化によって、奇岩怪石となったのである。
立石はいつから立っているのだろう。たびたびの地震でも倒壊しないのは、地下深くまでつながっているからだろうか。移り変わりの激しい世の中、変らぬもの、拠り所となるものを人々は求めている。
数千万年の旅をしてきた奇岩怪石にとって私たちなんぞ一瞬の存在だろう。しかし私たちにしてみれば、数千万の歳月は永遠と同義だ。人々が神と呼んだのは、この永遠だったのである。