夕暮れが早くなってきた。日が暮れると早く帰宅する気になるから、それはそれでよい。しかし時に「こりゃ時間が足りんわい」と焦りに焦るまくることがある。そんな時、「湖山長者(こやまちょうじゃ)」という人は、沈む太陽を金の扇で招き返し、田植えを強引に済ませてしまった。翌朝「終わった終わった」と満足げに見に行くと、広大な田は一面の湖になっていたという。
日招きの荒業なんぞ、平清盛にしかできないのかと思ったら、因幡の長者もできたのだ。しかし、その代償は大きかった。
湖山池(こやまいけ)がある。正面の古墳みたいな形の島が「青島」、やや左にうっすらと見えるのが「鷲峰山(じゅうぼうやま)」である。
ずいぶんと大きな池だ。山陰海岸ジオパークの説明板には次のように、記されている。
沿岸部の湖山砂丘(古砂丘、新砂丘)の発達により形成された潟湖(せきこ)です。周囲18km、面積6.7km2、最大水深は6.5m。流入する6河川と5島があり、池と名のつくものであれば日本一の面積です。
なんと、池では日本一だそうだ。これは少々自慢したるなるというもの。ただ大きく言えば「湖」の一つで、全国湖沼ランキングでは35位になる。ただし湖沼の呼び名にはさまざまあり、2位は「浦」(霞ケ浦)、26位は「沼」(印旛沼)、33位は「湾」(久美浜湾)である。よく見ると18位に「八郎潟調整池」があるではないか。あまり細かく考えるのはやめておこう。
お分かりだと思うが、この池は長者に対する天罰で湖と化したものではない。10万年前にここは古鳥取湾の一部だった。氷河期の陸化に伴って形成されたのが古砂丘で、縄文海進を経て再び陸化する際に新砂丘が形成された。こうして砂丘によって日本海から隔てられ、湖山池が誕生したのである。
日招きによって労働時間を長くしてしまった長者。神をも恐れぬ所業と断罪されてしまったが、人工的に日照時間を長くする電照菊を栽培していれば大成功していたかもしれない。産地の渥美半島の夜景はこれからが美しい。
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