杉フレーバーの樽酒はちょっとした贅沢だ。吟醸香ももちろんよいが、たまには杉の香を、清楚な杉の材色や静寂な杉木立を思い浮かべながら楽しみたいものだ。よく見かける菊正宗の樽酒は吉野杉だそうだ。奥吉野の玉置神社には樹齢3000年という「神代杉」がある。
本日の舞台となる美作も林業がさかんだが、こちらはスギよりもヒノキが有名だ。それでも杉のこだわって話を続けよう。
真庭市黒田に「篠ヶ乢(しのがたわ)の二本杉」がある。市指定の天然記念物である。
日本昔ばなしに出てきそうな峠の杉だが、神代杉ほどの樹齢はなさそうだ。真庭市教育委員会『真庭市の文化財』(2010年)には、次のように記されている。
本樹は主要地方道湯原美甘線の篠ヶ乢の道路脇にあります。目通り周囲がそれぞれ約3.5mと3.2m、樹高は共に約16.5mを測ります。推定樹齢は約250年です。根元には六地蔵が祀られています。
県道55号湯原美甘線は、道としてワンランク上の主要地方道に同名で指定されている。湯原インターチェンジから近いので、新庄村や日野町方面に行く際によく利用する。
篠ヶ乢は美甘側がつづら折りの急坂なので、上方へ向かう旅人は根元で休み、地蔵さまに手を合わせて道中の無事を祈ったことだろう。私は津山への帰り道に西日に映える二本杉を見て、思わず車を停めた。初めてなのに懐かしい風景である。
この杉が成長を始めた250年前は江戸時代中期。諸産業の発達とともに物流がさかんになり、全国各地で交通網が整備されていった。人やモノが動かねば社会生活は成り立たないことが、今回のコロナ自粛で身に沁みて分かった。二本杉が私たちの来し方行く末を見守っている。
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