ずっと前に屋島に行って、カンカン石をお土産に買って帰った。たこ糸と木槌がセットになっていて、吊るして叩くと好い音がする。カンカンというよりキンキンと響いて聞こえる。縄文人も音色を楽しんだのだろうか。鏃の製作が忙しくて、それどころではなかったのだろうか。
さて本日、石の音を求めてやって来たのは、岡山県中部だ。津山ゴルフクラブの広大な跡地の隣に集落と水田があり、その中に岩が点在する。拾った石を叩くと「チンチン」という音がした。
岡山県久米郡美咲町八神(ねりがみ)に「八神のカゴノキ並びに衣岩」がある。町の天然記念物に指定されている。
水田の向こうに小さな森があるが、このうちの2本が樹齢約200年程度のカゴノキである。カゴノキは「鹿子の木」の意で、樹皮が鹿の子模様になることによる。吉備高原ではしばしば巨木が見られるようだ。
樹木と岩石が少し離れているのに対となって指定されているのは、箱庭のような小世界が感じられるからだろう。確かに衣岩は奇岩だ。割れ模様が流れるように見える。どうやら古くから有名だったようで、『久米郡誌』には次のように記されている。
八神石(ねりがみいし)附衣岩
福岡村大字八神の到る処から出る。八神から出る石は殆んど此石ばかりといっても好いくらゐである。色は黒色に稍々緑色を帯び、柱状をなして角稜鋭く、稍々玄武岩に似てゐる。津山町の人などが庭石にして珍重する。
質堅く相撃てば火を発し金属性の音をたてる。俗に八神のチンチン石と称してゐる。
この石は火成岩で響岩の一種である。讃岐のカンカン石などと同じもので鉱物学上珍しいものである。
八神部落の南方山上に衣岩(ころもいは)と呼ぶ大小二個の岩がある。後醍醐天皇が御衣を脱がせられたものだといふ伝説がある。八神石の特徴の最もよく表れた岩で、多くの小角柱を束ねたごとく、あだかも巨大なる蓑虫のやうで、皺クチャになった衣のやうにも観える。
福岡村は現在津山市の一部であり、八神があったのは吉岡村である。吉岡村は昭和30年に柵原町となり、平成17年に美咲町となった。玄武岩のような柱状節理が見られる。また、玄武岩が変成作用を受けた角閃岩とも考えられている。「カンカン石」のサヌカイトは古銅輝石安山岩といい、岩石としては別種だが、金属音を出すほどの緻密さは共通しているのだろう。音を聞いてみよう。
『久米郡誌』が語る形容は巨大なる蓑虫だとか皺クチャになった衣だとか、箱庭として愛でる美的感覚とは合致しないが、その衣の持ち主は後醍醐天皇だという。というもの八神から少し北にある津山市種地内には、隠岐へ向かう後醍醐天皇が通過したという伝説がある。隠岐御遷幸は3月だから衣を脱ぎ捨てるほど暑くなかったはずだ。
それでも珍しい石ならば何らかの奇瑞があってしかるべきだろう。奇石の近くを貴人が通ったという史実が、衣が石に変わるという奇譚となって伝えられた。自然科学と人文科学の融合した文化財としてユニークだ。巨大な蓑虫ならば中の幼虫もまた巨大だから、アニメの題材としても面白いかもしれない。