美作の小京都、津山市の魅力は旧出雲街道沿いにある。令和2年の暮れに城東地区に続いて城西地区が重要伝統的建造物群保存地区、いわゆる重伝建に選定された。江戸の面影を残す城東地区に対して、城西地区は大正ロマンで楽しませてくれる。岡山からわざわざ訪ねてくれた知人から「どこかいい所はないか」とリクエストがあったので、旧中島病院本館と城西地区のメインストリートをご案内した。
津山市宮脇町(みやわきちょう)と西今町(にしいままち)の境に「翁橋(おきなばし)」がある。国の登録有形文化財である。
道路は普通にしか見えないが、欄干の親柱が美しい。1年くらい前のニュースによれば、アスファルトの下から「舗道煉瓦」が見つかったという。我が国でコンクリートやアスファルトによる舗装が普及する以前の十数年間のみ製造された珍しい煉瓦である。欄干前の黒い部分は試掘の跡らしい。説明板を読んでみよう。
翁橋
津山城下の西部を北から南へ流れる藺田川(いだがわ)に架かる橋で、旧出雲街道筋にあたります。
江戸時代には茅橋あるいは九蔵橋ともよばれていました。現在の橋は大正15年にそれまでの木橋を鉄筋コンクリート造に架け替えたものです。橋の四隅に位置する大型の欄干親柱に、当時日本で盛行したアールデコ様式が取り入れられています。
平成22年 津山市
アールデコとは、くねくねとしたアールヌーボーに続く美術や建築のムーブメントで、スッキリした印象が特徴だ。NYのエンパイアステートビルに象徴される様式だというが、親柱を見ていると似ているように思えてきた。
さあ、黄金の20年代と同じように気分を高めながら、先に進もう。すぐ向こうに、朝ドラのヒロインが現れそうな瀟洒な建物がある。
同市西今町に「作州民芸館(旧土居銀行本店)」があり、こちらも国の登録有形文化財に指定されている。
西洋のようで西洋でない擬洋風の建築に魅了される人は多い。この建物にはどのような特色があるのだろうか。説明板を読んでみよう。
作州民芸館(旧土居銀行本店)
建物は大正9年、旧土居銀行本店として建設されたものです。外観は正円アーチと直線で構成されるルネッサンス様式を基本としながらも、多彩なモチーフを用いており、特に玄関周辺は、両翼を張り出すなど厳格な左右対称で、正面性の強い意匠となっています。
また、正面1階にドリス式、2階にはイオニア式の西洋古典様式風のオーダーが付く石造風の外観となっています。
平成22年 津山市
こう記されているものの、実は明治42年に江川三郎八の設計により土居銀行津山支店として建てられていたことが現在分かっている。大正9年に土居銀行本店となる際に屋根の改修があったが、これが誤って伝えられたものらしい。
正円アーチがあって左右対称とくれば、まさにルネサンス様式。オーダーは古典建築の重要な要素で、柱頭装飾を含む部分を指す。1階のドリス式はシンプル、2階のイオニア式には2つの渦巻きが付いている。
大正ロマンの代表例かと思ったら、もう少し古い建物だった。舗道煉瓦の翁橋は大正15年だから、二つの登録有形文化財が人々に親しまれたのは昭和初期のことである。どうやら私たちは「昭和モダン」の雰囲気を楽しもうとしているらしい。